私は昔から、仕事があまり長く続かなかった。
仕事そのものが嫌だったこともあるし、人間関係がしんどかったこともある。
そのたびに、
「ここは私には合わなかったんだ」
そう思って辞めてきた。
でも最近になって、
もしかしたら、それだけじゃなかったのかもしれない。
と思うようになった。
私は昔から、人の気持ちを考えすぎるところがある。
相手の表情。
声のトーン。
ちょっとした言葉。
そんなものを拾っては、
「あれ、何かしたかな」
と考える。
特に苦手なのが、仕事を休んだあとの出勤だった。
子どもが体調を崩して休んだ。
自分の体調が悪くて休んだ。
休むしかなかったんだから仕方ない。
頭では分かっている。
でも、休みが続いたりすると、
「みんなどう思ってるんだろう」
が始まる。
迷惑だっただろうな。
また休んだって思われてるかな。
誰かが代わりに仕事してくれたんだよな。
そんなことを考えているうちに、だんだん会社に行くのが怖くなってくる。
まだ誰にも何も言われていないのに。
一人で想像して、一人で気まずくなって、一人で居場所がなくなったような気持ちになる。
そして、
「もう辞めたいな」
と思い始める。
振り返ってみれば、私は今まで何度もこれを繰り返してきた気がする。
嫌なことを言われたから辞めたわけじゃない。
明確に嫌われたわけでもない。
ただ、
「きっとこう思われている」
という自分の想像に耐えられなくなって、その場所から離れたこともあった。
最近も、仕事を休むことが続いた。
やっぱり少し気まずかった。
久しぶりに出勤する日の朝は、会社が近づくにつれて少し緊張した。
何か言われるかな。
どう思われてるかな。
いつものように、頭の中ではいろんなことを考えていた。
でも、会社に着いてみると、
「大丈夫だった?」
「そりゃ仕方ないよ」
返ってきたのは、そんな言葉だった。
思っていたのと違った。
というより、
私が想像していたようなことは、何も起きなかった。
みんな普通だった。
拍子抜けするくらい、いつも通りだった。
そのとき、
「あれ?」
と思った。
もしかして私、
今までこうやって勝手に苦しくなってた?
相手が何か言ったわけでもないのに、
「こう思われてる」
と自分で答えを決めて。
その答えに傷ついて。
その場所にいられなくなって。
逃げるように離れてきたこともあったのかもしれない。
人の気持ちは分からない。
もしかしたら、本当に迷惑だと思った人もいたかもしれない。
それは今でも分からない。
でも、
私が想像したことが、そのまま相手の気持ちなわけでもない。
そんな当たり前のことを、私は今になって少し分かった気がする。
それから、仕事を休むことへの怖さが少しだけ減った。
もちろん今でも、
「迷惑だったかな」
と思うことはある。
たぶん、この性格はそんなに簡単には変わらない。
でも、そのあとに、
「まあ、実際どう思ってるかは分からんけどな」
と思えるようになった。
それだけで、ずいぶん違う。
人の気持ちを考えることをやめなくてもいいのかもしれない。
私はたぶん、これからも考える。
考えすぎてしまう日もあると思う。
ただ、
自分が想像した誰かの気持ちで、自分を苦しめなくてもいい。
今まで仕事が続かなかった理由が、全部これだったとは思わない。
合わない仕事もあったし、辞めて正解だった場所もある。
それでも。
あの頃の私が苦しくなっていた理由の中には、
現実に起きていたことだけじゃなくて、
私の頭の中で起きていたことも、
案外たくさんあったのかもしれない。
🌙 Lunaのことば

「きっと、こう思われている」
そう思って苦しくなったとき。
それはまだ、
相手の言葉ではなく、
自分の中で作った言葉なのかもしれない。


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