大切な人だからこそ、離れた方がいい時もある

大切な人 離れた方がいい エッセイ

昔の私は、大切な人とは分かり合いたいと思っていた。

価値観が違っても、話せば分かる。
ちゃんと自分の気持ちを伝えれば、いつか理解してもらえる。

そんなふうに思っていた気がする。

でも今は、少し違う。

分かり合えない時は、無理に分かり合わなくてもいい。

そう思えるようになった。

人って、それぞれ育った環境が違う。

今まで関わってきた人も違えば、経験してきたことも違う。

だから、自分にとっての「当たり前」が、相手にとっては全然当たり前じゃないこともある。

頭ではそんなこと分かっているのに、大切な人が相手になると、

「なんで分かってくれんの?」

って思ってしまう。

そして相手も同じように、

「なんで分かってくれんの?」

と思っている。

お互い、自分なりの正しさがある。

どっちが悪いわけでもないのに、分かり合おうとすればするほど衝突する。

そんな時は、一度離れてもいいんじゃないかと思う。

嫌いになったからじゃない。

縁を切りたいわけでもない。

ただ、

「今は、お互いに歩み寄れるタイミングじゃないのかもしれない」

と思って、少し距離を取る。

昔の私なら、それができなかったかもしれない。

分かってほしくて、もっと話したと思う。

それでも分かってもらえなかったら、さらに言葉を重ねる。

そうやって、分かり合うために頑張っていた。

でも今考えると、

あの時のまま一緒にいたら、修復できなくなってた可能性もあるじゃん。

って思う。

人間関係って、不思議だ。

今は全然分かり合えなくても、数年後にはびっくりするくらい話が合うこともある。

だって、その間にお互いいろんな経験をするから。

関わる人も変わる。

考え方も変わる。

昔は絶対に理解できなかったことが、ある日突然、

「ああ、あの人が言ってたのって、こういうことだったのか」

と分かることもある。

だったら、無理に“今”分かり合わなくてもいい。

もし数年後、離れていた人とまた会って、

「あの時、距離を取られて寂しかった」

と言われたら、私はたぶんこう答える。

「あの時はごめんな。うちも離れるの寂しかったよ」

「でも、価値観が違う時って、どうしても自分を分かってほしくて、ぶつかること増えるじゃん」

「無理にあの時衝突しなくても、またこうやって分かり合えるタイミングが来るって思ってた」

そして、

「また一緒に笑えるようになってよかったな」

って思う。

距離を置いたからこそ、残せる関係もあるのかもしれない。

ただ、ここまで考えていて気づいたことがある。

私は、自分から離れるのはできても、相手から離れられるのは普通に寂しい。

もし大切な人から、

「今は少し距離を置きたい」

なんて言われたら、

「寂しい!」

って思う。

たぶん、

「私、変わる努力するから」

って言いたくなる。

追いかけたくもなると思う。

自分が距離を取る側なら、

「今は離れた方がお互いのため」

なんて冷静に考えられるくせに。

逆になると、全然そんなに冷静じゃない。

人間って勝手だなと思う。

私も普通に勝手だ。

でも少し時間が経って冷静になったら、

「そんなすぐ人は変わらんよな」

とも思う。

相手が距離を必要としているなら、きっと今はその時間が必要なんだろう。

だったら、寂しくても離れるしかない。

そして半年、1年と時間が経てば、私自身の生活も変わっていく。

新しい人と出会うかもしれない。

新しいことを始めるかもしれない。

あんなに、

「離れないで」

と思っていた相手なのに、いつの間にかその人がいない毎日が普通になっているかもしれない。

それは少し寂しいことのようにも見えるけれど、私はたぶん自然に受け入れると思う。

人間関係って、そういうものなのかもしれない。

ずっと同じ距離でいなくてもいい。

近くにいる時もあれば、離れる時もある。

そしてまた、お互いが変わった頃に交わることもある。

もしその時、

「久しぶり。そろそろまた話してみん?」

って連絡が来たら。

私はきっと、予定を確認して普通に返す。

「久しぶりだね!
○日なら空いてるよー」

たぶん、それくらいでいい。

昔の関係に戻らなくてもいい。

離れていた時間を埋めなくてもいい。

今の私と、今のあなたで、また話してみればいい。

大切な人だからといって、ずっとそばにいなきゃいけないわけじゃない。

離れることは、必ずしも関係を終わらせることではない。

もしかしたら、

また笑って会える未来を残すために、離れた方がいい時だってある。

今の私は、そう思っている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました