AI時代のブログに「個性」が大切だと思う理由|SEOやバズる型を学んで気づいたこと

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ブログを書くなら、SEOを意識したほうがいい。

YouTubeを伸ばしたいなら、再生されやすい型を使ったほうがいい。

AIを使えば、効率よくコンテンツを作れる。

どれも間違っていないと思います。

実際に私自身、SEOを学び、YouTubeでバズる型を知り、AIを使ったコンテンツ作りもしてきました。

それでも今、改めて思うことがあります。

AI時代だからこそ、ブログやYouTubeには「その人らしさ」が必要なのかもしれない。

なぜなら私は、発信するための知識や技術が増えていく一方で、一度「自分らしさ」を失ってしまったからです。

そして不思議なことに、個性を失うのと同時に、発信すること自体も楽しくなくなっていきました。

自分の体験談を発信していた頃、コアな読者ができた

私は以前、自分自身の体験をブログやYouTubeで発信していました。

今振り返ってみると、当時はそこまで難しいことを考えていませんでした。

自分が経験したこと。

そのとき感じたこと。

自分なりに考えたこと。

それを、自分の言葉で発信していました。

ありがたいことに、そんな発信を好きになってくれる人もいました。

「この考え方が好き」

「いろいろな人の発信を見たけれど、一番納得できた」

そんな言葉をもらうこともありました。

情報そのものだけではなく、私自身の考え方を読みに来てくれる人がいたのだと思います。

今考えると、これが「ファンになってもらう」ということだったのかもしれません。

AIを使って効率化したら、発信から自分が消えていった

その後、私はAIをコンテンツ制作に活用するようになりました。

AIはとても便利です。

情報を整理してくれるし、文章も作ってくれる。

コンテンツを作るスピードは一気に上がりました。

ただ、私はいつの間にか「自分が何を伝えたいか」よりも、「役に立つ情報を効率よく作ること」を優先するようになっていました。

ノウハウをまとめ、分かりやすく伝える。

一見すると、以前より質の高いコンテンツを作れているようにも見えます。

でも、そこには以前ほど私自身がいませんでした。

そして少しずつ、以前のようなコアなファンも減っていったように感じました。

もちろん、AIを使うこと自体が悪いわけではありません。

今も私はAIを使っています。

大切なのは、AIに自分の代わりをしてもらうのではなく、自分の考えを届けるためにAIを使うことなのだと思います。

Webライターになって「記事はこう書くものだ」と思うようになった

私はWebライターとして仕事をしていた時期があります。

そこでSEOを学びました。

検索する人が何を知りたいのか考える。

キーワードを意識する。

見出しを整理する。

読者が答えを見つけやすい文章を書く。

SEOを学んだ経験は、今のブログ運営にもとても役立っています。

一方で、仕事としてSEO記事を書き続けているうちに、

「ブログの記事とは、こうやって書くものだ」

という思い込みも強くなっていきました。

検索意図に答えなければ。

無駄な文章を入れてはいけない。

結論を分かりやすく伝えなければ。

そんな「正しい記事」を意識するほど、自分の感情や体験を書く余白がなくなっていった気がします。

YouTubeでは「バズる型」を知った

YouTubeでも同じような経験をしました。

運営を続けるうちに、再生されやすいテーマや構成が少しずつ分かるようになりました。

実際、その型を使うことで大きく再生される動画も出てきました。

数字だけを見れば成功だったと思います。

でも、そこに私の個性はほとんどありませんでした。

「これなら伸びるかもしれない」

という理由で動画を作るようになり、

いつの間にか、

「私は何を伝えたかったんだろう」

と思うようになりました。

ブログを書くことも。

動画を作ることも。

昔は好きだったはずなのに、だんだん楽しくなくなっていきました。

「これがやりたかったわけじゃない」という違和感

発信そのものが嫌いになったわけではありませんでした。

むしろ私は、文章を書くことも、コンテンツを作ることも好きです。

それなのに、なぜ楽しくないのか。

ずっと心のどこかに、

「これがやりたかったわけではないんだよな」

という感覚がありました。

今なら、その理由が少し分かります。

私はいつの間にか、

「自分が作りたいもの」ではなく、

「検索されるもの」

「再生されるもの」

「効率よく作れるもの」

を優先していたからです。

そして、自分らしいメディア「KIZUKI」を始めた

いろいろな経験をしたあと、私はこのKIZUKIを始めました。

ここでは、暮らし、仕事、家族、恋愛、お金、自分自身の変化など、私が実際に経験したことを中心に書いています。

ジャンルをひとつに絞り切っているわけではありません。

SEOだけを考えれば、もっとテーマを限定したほうがいいのかもしれません。

それでも私は今、この場所を作ることがとても楽しいです。

「あ、私が本当にやりたかったのは、これだったんだ」

と思えるようになりました。

自分の体験から感じたことを書く。

それを読みやすい文章にする。

必要なところではSEOの知識も使う。

そしてAIにも手伝ってもらう。

YouTubeでは、その文章を「聴くコンテンツ」として届けていく。

これまでバラバラに経験してきたことが、ようやくひとつにつながったような感覚があります。

AI時代だからこそ「その人にしか書けないこと」が価値になる

AIを使えば、情報をまとめた記事は簡単に作れるようになりました。

だからこそ私は、

「誰が書いても同じ情報」だけではなく、「その人だから書けること」の価値が、これからもっと大きくなるのではないか

と思っています。

同じ出来事を経験しても、感じることは人によって違います。

何に悩んだのか。

どう乗り越えたのか。

そこから何に気づいたのか。

その部分には、その人の人生が出ます。

AIに文章を整えてもらうことはできても、私が生きてきた人生そのものをAIが経験することはできません。

だから私は、AIを使わないのではなく、

自分にしかないものを、AIの力を借りながらもっと伝わる形にしていきたい。

今はそう思っています。

個性は「差別化」のためだけにあるんじゃない

マーケティングでは、「個性」や「独自性」は他の発信者との差別化として語られることがあります。

もちろん、それも大切だと思います。

でも、自分で発信を続けてきて気づいたのは、それだけではありませんでした。

個性は、発信する本人のやる気にもつながります。

自分の考えを発信できるから楽しい。

楽しいから、また作りたくなる。

続けるから、コンテンツが増えていく。

そして少しずつ、

「この人の文章をまた読みたい」

と思ってくれる人が現れる。

私自身、一度個性をなくしたからこそ、その大切さに気づくことができました。

SEOも必要。

AIも便利。

YouTubeの伸ばし方を知っていることも武器になります。

でも、それらはあくまで「自分の伝えたいことを届けるための道具」でいい。

道具を使うことに夢中になって、発信する本人が消えてしまったら、きっと作る側も楽しくなくなってしまいます。

今の私は、そう思っています。

遠回りしたから、自分がやりたいことが分かった

昔の私は、ただ自分の体験を書いていました。

その後、SEOを学び、AIを使い、YouTubeでバズる型も経験しました。

そして一度、自分らしさを見失いました。

でも、その全部を経験したからこそ、今があります。

昔のように、ただ好きなことを書くだけでもない。

SEOだけを考えて記事を書くわけでもない。

AIに全部作ってもらうわけでもない。

自分の体験や考えを中心に置いて、これまで身につけてきた技術を、その思いを届けるために使う。

それが、今の私がやりたい発信です。

遠回りしたように見えて、必要な時間だったのかもしれません。

これからKIZUKIがどう育っていくのかは、まだ分かりません。

それでも今は、

「これを作りたい」

と思えるものを作れている。

その感覚を、できるだけ大切にしていきたいと思っています。

🌙 Lunaのことば

自分らしさは、なくなって初めて大切さに気づくことがある。

遠回りしてもいい。

いろいろな方法を試して、違うと思って、また戻ってきてもいい。

その経験があるからこそ、

「私はこれが好きだったんだ」

と、自分の気持ちに気づけることもあるから。

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