AIが何でも作れる時代に、それでも「人」が必要だと思う理由

AIがなんでも作れる時代に それでも人が必要だと思う理由 エッセイ

少し前まで、「できる人」になるには時間が必要だった。

文章を書くなら、何本も記事を書いて。

動画編集なら、編集ソフトの使い方を覚えて。

Webデザインなら、配色やレイアウトを勉強して。

何度も失敗しながら、少しずつ技術を身につけていく。

そうやって身につけたものが、その人の「仕事」になっていた。

でも、AIが出てきて、その前提がものすごい速さで変わっている。

文章を書いてと言えば、数秒で書く。

画像を作ってと言えば、作る。

動画だって作れる。

デザインだって提案してくれる。

しかも、その進化はたぶん、まだ途中だ。

そんなものを毎日のように見ていると、時々思う。

じゃあ、人間は何をすればいいんだろう。

「できること」だけでは、武器にならなくなるのかもしれない

私はWebライターとして仕事をしていた。

だからAIが文章を書くようになったとき、結構衝撃だった。

何時間もかけていたことが、ほんの数分で終わる。

しかも、それなりに読みやすい。

これはライターだけの話じゃないと思う。

動画編集者も。

Webデザイナーも。

イラストレーターも。

カメラマンも。

これまで技術を磨いて仕事をしてきた人ほど、一度くらい考えたことがあるんじゃないだろうか。

「自分の仕事って、これから必要なくなるのかな」

私も考えた。

そして正直、今でも答えは分からない。

なくなる仕事もあると思う。

今まで人間に頼んでいた作業を、AIに任せる会社も増えていくだろう。

「技術がある」というだけでは、今までと同じ価値を持たなくなるものもあるのかもしれない。

でも最近、逆に思うこともある。

何でも作れるようになったからこそ、「何を作るか」が難しくなった

文章を書ける。

画像を作れる。

動画を作れる。

デザインもできる。

それが特別なことではなくなったら、次に必要になるのは何だろう。

私は、

「何を作るのかを決める力」

なんじゃないかと思っている。

例えば、一本の動画を作るとして。

どこで視聴者の心をつかむのか。

何を削るのか。

どんな空気感にするのか。

誰に届けたいのか。

見終わったあと、その人にどんな気持ちになってほしいのか。

Webサイトだって同じだ。

ただ綺麗なサイトを作るだけじゃなく、

この会社は何を大切にしているのか。

どんな人に来てほしいのか。

そのために、どんな言葉を置いて、どんな写真を使って、どんなデザインにするのか。

文章だってそう。

ただ正しい文章を書くことと、

誰かの心に残る文章を書くことは、少し違う。

AIが「作る」を担えるようになるほど、その手前にある「考える」の価値は、むしろ大きくなっていくんじゃないだろうか。

技術の先にあるもの

昔の私は、ライターとしてもっと文章が上手くなりたいと思っていた。

語彙を増やして。

綺麗な文章を書いて。

SEOを勉強して。

「ちゃんとしたライター」になりたかった。

もちろん、技術は今でも大切だと思う。

でも今は、それだけじゃ足りないとも思っている。

同じテーマでも、何を見るかは人によって違う。

同じ出来事が起きても、どこに引っかかるかも違う。

ある人は何とも思わないことを、

別の人は一日中考えているかもしれない。

そこから、

「もしかして、こういうことなんじゃないか」

と考える。

その人が生きてきた時間によって、出てくる答えも変わる。

それが、その人の「視点」になる。

私は最近、この視点こそが、これからのクリエイターにとって大きな武器になるんじゃないかと思っている。

AIと競争しなくてもいいのかもしれない

AIより速く文章を書く。

AIより速く画像を作る。

AIより速く動画を編集する。

たぶん、その勝負をしたら人間はしんどい。

だったら、競争する場所を変えればいい。

私は何を面白いと思うのか。

私は何に違和感を持つのか。

私は誰に、何を届けたいのか。

そこを考える。

AIを敵にするのではなく、道具として使いながら、人間はもっと「考える側」に回っていく。

そんな働き方が増えていくのかもしれない。

「この人に頼みたい」は、なくならないと思う

仕事を頼むときって、技術だけで決めているわけじゃない。

この人の文章が好き。

この人のデザインが好き。

この人が作る動画のテンポが好き。

この人なら、自分の言いたいことを分かってくれそう。

そんな理由で選ぶこともある。

だから私は、

AIによって「作れる人」の価値がなくなるというより、

「この人に作ってほしい」と思われる理由が、今まで以上に必要になる

んじゃないかと思う。

それは技術かもしれない。

感性かもしれない。

経験かもしれない。

人柄かもしれない。

その人にしかない視点かもしれない。

何でも作れる時代になったからこそ、

「誰が作ったのか」が意味を持つ世界も、きっと残る。

🌙 Lunaのことば

AIが何でもできるようになったら、人間には何が残るんだろう。

文章も。

画像も。

動画も。

デザインも。

これからもっと簡単に作れるようになる。

だからこそ私は、

「作れること」より「何を作りたいと思ったか」が、その人らしさになる

と思っている。

便利な道具は、どんどん使えばいい。

でも、

何に心が動いたのか。

何を伝えたいと思ったのか。

誰に届けたいと思ったのか。

その始まりだけは、自分の中に持っていたい。

AIが何でも作れる時代になっても、

「あなたにお願いしたい」

そう言ってもらえる人でいたい。

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