否定されるのが怖かった。本当に傷ついていたのは“今の私”じゃなかった

否定されるのが怖かった エッセイ

どうして私は、たった一言でこんなに傷つくんだろう

「そんなつもりで言ったんじゃない」

彼には、何度もそう言われてきた。

彼から否定的な言葉を言われると、
私はものすごく傷ついていた。

本人にしてみれば、
私を否定しているつもりなんてなかったらしい。

何気なく自分の意見を言っただけ。
ちょっと違うと思ったから、それを伝えただけ。

たぶん、彼からすれば、

「そんなことで、そんなに傷つく?」

くらいの感覚だったと思う。

でも、私は違った。

ほんの少し否定されたと感じただけで、
胸の奥をえぐられたように苦しくなる。

悲しいというより、
自分そのものを拒絶されたような感覚。

「なんでそんな言い方するん?」

「なんで分かってくれんの?」

一度傷つくと、なかなかそこから抜け出せない。

何度も言われた言葉を思い返して、
一人でどんどん傷を深くしていた。

実はこれ、
彼との関係だけじゃなかった。

振り返ってみると、
私は昔から恋愛で「否定された」と感じることにものすごく弱かった。

相手から否定されたと感じた瞬間、
いてもたってもいられないくらいショックを受ける。

そして、その痛みから逃げるように別れる。

今思えば、

「この人と一緒にいても幸せになれない」

と冷静に判断していたというより、

これ以上傷つくのが怖くて、
自分から関係を終わらせていたのかもしれない。

でも、今の彼とは別れたくなかった。

だから初めて、

逃げるんじゃなくて、
自分の心を見るようになった。

なんで私は、
こんなに傷つくんだろう。

なんで私は、
「否定」にこんなにも敏感なんだろう。

同じことを言われても、
ここまで傷つかない人だっている。

それなのに私は、
たった一言で何日も引きずってしまう。

そこには何か理由があるんじゃないか。

そうやって自分の心を辿っていったとき、
子どもの頃の記憶が蘇ってきた。

私の父は、
私のことをよく否定する人だった。

何かやりたいことがあっても、

自分の考えを話しても、

「それいいじゃん」

「やってみたら?」

そんなふうに認めてもらった記憶が、
私にはほとんどない。

何を言っても否定される。

何かをやろうとしても否定される。

自分なりに考えたことを話しても、
受け入れてもらえない。

子どもの私はきっと、

「私の考えることは間違っている」

「私のやりたいことは認めてもらえない」

「私はそのままでは受け入れてもらえない」

そんなものを少しずつ心の中に溜めていったんだと思う。

そして大人になってからも、
その傷は消えていなかった。

彼に何か否定的なことを言われたとき。

私は目の前にいる彼の言葉だけに
傷ついていたんじゃなかった。

子どもの頃、
父に何度も否定されたときの痛みまで、
一緒に蘇っていた。

そこに気づいた瞬間、

「あぁ、これか」

って思った。

彼に否定されたと感じたときの、
胸の奥がギュッとなるような痛み。

子どもの頃のことを思い出したときの痛み。

同じだった。

昔のことなのに、
思い出しただけで涙が出た。

もう大人になったし、
とっくに終わったことだと思っていた。

でも終わってなかった。

ちゃんと傷として、
私の中に残っていた。

だから私は、

「否定」というものに
必要以上に反応していたんだ。

このことに気づいたからといって、
次の日から何を言われても平気になったわけじゃない。

やっぱり傷つくことはあった。

でも、大きく変わったことが一つあった。

理由が分かるようになった。

以前なら、

「なんでそんなこと言うん?」

「なんで私はこんなに苦しいん?」

「もう無理」

って、目の前の出来事だけに飲み込まれていた。

でも今は、

「あぁ、また父との記憶とリンクしたんだな」

って、一歩離れたところから
自分の心を見られるようになった。

今の私は、
子どもの頃の私じゃない。

目の前にいるのも、
父じゃない。

そして、彼の一言が、
私という人間すべてを否定しているわけでもない。

「今」と「昔」を
少しずつ切り離せるようになった。

不思議なもので、
それができるようになると、
傷ついている時間も少しずつ短くなっていった。

全く傷つかないわけじゃない。

一瞬、

「うっ」

となることはある。

でも、そこで何日も立ち止まらなくなった。

「あ、今また反応したな」

「でもこれは、昔の傷も一緒に痛んでるんだな」

そう気づくだけで、
自分の中で整理できるようになった。

それを何度も何度も繰り返した。

そして今では、
同じようなことで傷つくこと自体が
ほとんどなくなってきた。

昔の私は、

「傷つきやすい性格なんだ」

と思っていた。

でも、そうじゃなかったのかもしれない。

傷つきやすかったんじゃなくて、

まだ治っていない場所を、
何度も触られていただけだった。

転んでできた傷だって、
治っていないところを触れば痛い。

心もきっと同じなんだと思う。

誰かの何気ない一言に、
自分でも驚くほど傷つく。

人から否定されるのが怖い。

少し注意されただけなのに、
自分そのものを否定されたように感じる。

パートナーと意見が違うだけなのに、
「この人は私を分かってくれない」と悲しくなる。

そんなとき、

「私はなんでこんなに弱いんだろう」

って、自分を責めなくてもいい。

もしかしたら、

今日言われた一言だけで
泣いているんじゃないのかもしれない。

ずっと昔に言われた言葉。

そのとき我慢した気持ち。

本当は認めてほしかった自分。

「それでいいよ」って
言ってほしかった自分。

そんな昔の自分まで一緒になって、
泣いているのかもしれない。

だったら必要なのは、

「こんなことで傷つくな」

って自分に言い聞かせることじゃない。

「なんで私は、こんなに傷ついたんだろう」

って、
自分の心の奥を見てあげること。

原因に気づいたからといって、
過去そのものが消えるわけじゃない。

でも、

「あのときの痛み」と
「今起きていること」は違う。

そう分かるだけで、
心は少しずつ今に戻ってこられる。

私にとっては、

傷つかないように強くなることより、

自分がなぜ傷つくのかを知ることの方が、
ずっと自分を楽にしてくれた。

ひとりで心を整理できないときに
「なんで、こんなに傷ついたんだろう」

自分の心を辿ってみても、
ひとりでは答えが見つからないこともあります。

そんなときは、誰かに話しながら
自分の気持ちを整理してみるのも
ひとつの方法です。

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🌙 Lunaのことば

自分でも驚くほど傷ついたとき、

「こんなことで傷つく私は弱い」

と決めつけなくていい。

その痛みは、
今日できた傷じゃないのかもしれない。

「なんで、こんなに悲しいんだろう」

そうやって自分の心を辿っていくと、

ずっと昔、
誰にも気づいてもらえなかった自分が
そこにいることがある。

その存在に自分自身が気づけたとき、

過去の痛みは少しずつ、
「今」の出来事ではなくなっていく。

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