私は昔から、何かに夢中になると止まらなくなる。
「これ面白い」と思った瞬間から、頭の中がそれでいっぱいになる。
もっとやりたい。
次はこれを試したい。
こうしたらもっと良くなるかもしれない。
楽しいから、疲れている感覚もあまりない。
でも不思議なことに、そんなときに限って、まるで誰かに「ちょっと待って」と言われているような出来事が起こる。
私はこれを何度も経験するうちに、
「体調不良って、スピリチュアル的には何か意味があるのかな?」
と考えるようになった。
やる気が出ると、なぜか声が出なくなる
特に何度も経験しているのが、YouTubeだ。
「よし、動画を作ろう」
そう思って本格的に動き始めたタイミングで、なぜか喉の調子を崩すことがある。
ただの喉の違和感ではなく、ナレーションを録るのが難しいくらい声が出なくなることもあった。
よりによって、今?
YouTubeをやりたいのに、声が出ない。
なんだか強制的にストップをかけられているようで、以前から不思議に思っていた。
そして今回も、少し似たことが起きた。
「ただ疲れているだけ」だと思っていた
最近、私はブログやYouTubeの発信に夢中になっている。
朝起きたら記事を書いて、アクセスを確認する。
数字が少し動けば嬉しくなって、
「次はこんな記事を書いてみよう」
「これは動画にもできそう」
と、また新しいアイデアが浮かんでくる。
久しぶりに「もっとやりたい」と思えるものを見つけた。
そんなある日、なんとなく身体が重かった。
体調が悪いというより、
「お盆休み明けだから疲れてるのかな」
その程度に考えていた。
でも、いつもならそのまま頑張ってしまうところを、その日は仕事を午前中で切り上げて帰ることにした。
家に帰って昼寝をして、少し休んだ。
そして翌朝。
ダイニングの椅子に座っているだけなのに、しんどい。
喉に違和感がある。
少し咳も出る。
鼻の奥も詰まっている感じがする。
体温を測ると37.2℃。
「あ、昨日のあれ、本当に体調が悪かったんだ」
そこで初めて気づいた。
体調不良はスピリチュアルな「強制ストップ」なのか
何かに夢中になったタイミングで体調を崩す。
それが何度も続くと、
「これって何かのスピリチュアルサインなんじゃない?」
と思いたくなる。
スピリチュアルな考え方では、物事が突然進まなくなったり、予定外の休息が必要になったりする出来事を、「一度立ち止まるタイミング」として受け取ることがある。
もし今回の体調不良にもスピリチュアルな意味を見つけるなら、私は、
「進むな」ではなく、「そのペースのまま進むな」
というメッセージなのかもしれないと思った。
私はこれまで、「止まること」を悪いことだと思いがちだった。
せっかくやる気になったのに。
今やれば伸びるかもしれないのに。
休んだら、この勢いがなくなってしまうかもしれない。
そう思うと、つい動き続けてしまう。
でも、本当に必要なのは、夢中になることをやめることではない。
長く続けるために、途中でちゃんと休むことなのかもしれない。
現実的に考えれば、身体からのサインでもある
もちろん、私は体調不良をすべてスピリチュアルな意味だけで考えるつもりはない。
夢中になれば活動量が増える。
考える時間も増えるし、睡眠が短くなることもある。
YouTubeならナレーションで喉も使う。
そこに疲労や乾燥、風邪などが重なれば、体調を崩すことは十分あり得る。
今回だって、普通の風邪などの感染症である可能性もある。
だから、
「スピリチュアルな力によって体調を崩した」
と考えてしまうのは少し違うと思っている。
ただ私は、スピリチュアルなサインと現実的な身体の反応は、必ずしも切り離して考えなくてもいいとも思う。
身体が「そろそろ休んで」と出している反応を、
今の自分に必要なメッセージとして受け取ってみる。
それならスピリチュアルは、現実から目をそらすものではなく、自分の状態を見つめ直すきっかけになる。
「やめなさい」ではなく「休みながら行きなさい」
以前の私なら体調を崩したことに対して、
「またタイミング悪いな」
と思っていたかもしれない。
でも今回は少し違った。
前日に「今日はしんどい」と感じた時点で、私は仕事を切り上げた。
無理をしなかった。
そして翌日になって、実際に体調を崩していたことが分かった。
自分の小さな違和感を、以前より少し早く拾えるようになったのかもしれない。
そう考えると、大切なのは「強制ストップが起こらないようにすること」ではないのかもしれない。
強制的に止められるところまで、自分を走らせ続けないこと。
夢中になれるものがあるのは幸せなことだ。
だからこそ、燃え尽きるまで走るのではなく、休みながら長く続けていきたい。
もし今、
「なぜか物事がうまく進み始めると体調を崩す」
「頑張ろうとすると強制ストップがかかる」
そんなことが続いて、スピリチュアルな意味が気になっている人がいるなら。
それは必ずしも、
「その道をやめなさい」
というサインではないのかもしれない。
もしかすると、
「その道でいい。でも、ちゃんと休みながら行きなさい」
というサインなのかもしれない。
🌙 Lunaのことば

止まったからといって、道を間違えたわけじゃない。
夢中になれる道だからこそ、
ときどき立ち止まりながら進めばいい。
強制ストップは、終わりの合図ではなく、
これからも進み続けるための休憩の合図なのかもしれない。



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