少し前まで、私はよく思っていた。
「なんか毎日、つまらないな」
仕事に行って、帰ってきて、家のことをする。
たまに副業をする。
大きな問題があるわけでもない。
むしろ、平凡で穏やかな毎日だったと思う。
それなのに、なぜか満たされなかった。
そんな自分を見て、
「私は平凡な人生が嫌いなのかな」
「わざわざハードモードな人生を選びたがる人間なのかな」
なんて思ったこともある。
でも最近、少し違う気がしている。
私は大変な人生を求めていたわけじゃない。
自分の中にあるものを、形にしたかったんだ。
平凡な毎日がつまらないのは、刺激がないからだと思っていた
毎日が同じことの繰り返しに感じる。
仕事へ行って、家へ帰って、ご飯を食べて、寝る。
そしてまた次の日が始まる。
何も悪いことは起きていないのに、なぜか物足りない。
以前の私は、そんな気持ちになるたびに「刺激が足りないんだ」と思っていた。
私は平凡な人生では満足できない人間なのかもしれない、と。
でも、今はそうではなかったんだと思っている。
欲しかったのは、波乱万丈な人生ではなかった。
夢中になれるものがある毎日だった。
何かを作れば満たされるわけでもなかった
私はもともと、何かを作ることが好きだ。
ブログもやった。
YouTubeもやった。
Webライターとして、たくさんの記事も書いた。
AIを使ってコンテンツを作ることも覚えた。
だから、「作ること」ができていなかったわけではない。
それでも何度も、
「なんか違う」
「これがやりたかったわけじゃないんだよな」
と思ってきた。
検索されるための記事を書く。
再生されるための動画を作る。
誰かに依頼されたものを書く。
数字が伸びれば嬉しい。
お金になれば、もちろん嬉しい。
でも、それだけでは長く続かなかった。
作っているはずなのに、自分がそこにいないような感覚があった。
今なら分かる。
私は、なんでもいいから作りたかったわけじゃない。
「私はこう思う」を形にしたかったんだ。
自分の考えをブログに書き始めたら、毎日が変わった
今、私は「KIZUKI」というブログを作っている。
そこには、自分が経験してきたことや、その中で気づいたことを書いている。
人間関係のこと。
仕事のこと。
お金のこと。
家族のこと。
人生で迷ったこと。
何か特別な答えを持っているわけじゃない。
ただ、
「私はこんなことがあって、こんなふうに考えるようになったよ」
と、自分の考えを置いている。
それが今、ものすごく楽しい。
朝起きると、
「昨日、誰か読んでくれたかな」
とブログを見る。
ブログには、何人くらいが読みに来てくれたのか、どこからブログを見つけてくれたのかなどを確認できる機能がある。
ある日、それを見ていると、YouTubeからブログへ来てくれた人がいることに気づいた。
しかも、その人は動画で紹介した記事だけではなく、自己紹介や、私の体験を書いた別の記事も読んでくれていた。
もちろん、数字だけを見て、その人が何を感じたのかまでは分からない。
それでも私は嬉しかった。
目的の記事を読んで終わるのではなく、
「この人、ほかにどんなことを書いてるんだろう」
そう思ってもらえたのかもしれない。
たった一人かもしれない。
でも、その一人が私にはとても大きかった。
「私の考え」を読んでもらえることが嬉しい
私は、人の相談に直接乗る仕事を長く続けると疲れてしまう。
誰かの悩みを聞いて、その人の気持ちを受け取って、一緒に答えを探していく。
人の役に立てる仕事ではあるけれど、私には少し重たかった。
だからといって、人の役に立ちたくないわけではない。
むしろ、できることなら自分の経験や考え方が、誰かの心を少しでも楽にできたらいいと思っている。
ブログなら、それができる。
私は自分のタイミングで、自分の考えを書く。
誰かに「こうしなさい」と答えを渡すのではなく、
「私はこうだったよ」
と置いておく。
そして、必要な人が必要なときに見つけてくれる。
読んだ人が、
「そんなふうに考えてもいいのか」
「私だけじゃなかったんだ」
と、ほんの少しでも心が軽くなったら嬉しい。
直接話すことがなくても、人の心に何かを届けることはできる。
私は、そういう形で人の役に立ちたかったのかもしれない。
私が欲しかった「刺激」は、苦労じゃなかった
最近、ブログを書いていると「生きてるな」と感じる。
書きたいことが出てくる。
記事にする。
公開する。
誰かが読んでくれる。
また次のことを書きたくなる。
動画にもしたくなる。
昨日まで存在しなかったものが、自分の中から一つずつ生まれていく。
そして、それが自分の知らない誰かのところへ届いていく。
私がずっと欲しかった刺激は、これだったんだと思う。
トラブルでもない。
苦労でもない。
波乱万丈な人生でもない。
自分の中にあるものを表現して、それが誰かに届いている感覚。
それが欲しかった。
だから、平凡な日常が嫌だったわけじゃない。
平凡な日常の中に、夢中になれるものが欲しかったんだ。
やっと、自分のやりたいことが見つかった気がする
これまで何度も新しいことを始めてきた。
そのたびに、
「これかもしれない」
と思って、
しばらくすると、
「やっぱり何か違う」
となった。
だからKIZUKIも、この先どうなるのかは分からない。
たくさんの人に読まれるようになるのか。
仕事になるほど収益が生まれるのか。
今の私には、まだ分からない。
でも、一つだけ今までと違うことがある。
結果が出る前から、楽しい。
アクセスが少なくても書きたい。
動画を作れない日は、「早く動画を作りたい」と思う。
誰かにやれと言われたわけでもないのに、次に作るものを考えている。
そして何より、
「私はこれを作りたかったんだ」
と思える。
私は、なんでもいいから何かを作りたかったんじゃない。
自分が経験したこと。
そこから考えたこと。
大切にしている価値観。
そういう自分の中にあるものを、自分の言葉で形にして届けたかった。
そして、それを見た誰かが、
「この考え方、なんかいいな」
と思ってくれる。
私がずっと探していたのは、そんな生き方だったのかもしれない。
毎日がつまらないと感じている人へ
もし今、
「毎日同じことの繰り返しでつまらない」
「何かしたいけれど、何をしたいのか分からない」
と感じているなら、無理に大きな刺激を探さなくてもいいのかもしれない。
人生を大きく変える必要もない。
自分が時間を忘れてしまうもの。
誰に言われなくても、ついやってしまうもの。
「もっとやりたい」と自然に思えるもの。
そんなものを一つ見つけるだけで、同じ毎日が少し違って見えることがある。
私は、それが「自分の考えを形にして届けること」だった。
まだ小さなブログだ。
この先どうなるかも分からない。
でも今の私は、少し前よりずっと毎日が楽しい。
今日もまた、何かを書きたいと思っている。
それだけで私は、
ちゃんと生きている。
そんな気がする。
🌙 Lunaのことば

平凡な毎日がつまらないと感じるとき、
必要なのは、大きな変化や刺激ではないのかもしれない。
自分の心が動くものを見つけて、
それを自分なりの形にしてみる。
誰か一人にでも届いたとき、
いつもの毎日は、
少し違って見えるのかもしれない。


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