「自己内観って、スピリチュアルなの?」
自己内観について調べていると、潜在意識や引き寄せ、ツインレイなど、スピリチュアルな言葉と一緒に語られているのを見かけることがあります。
私自身も、自己内観にたどり着いたきっかけはスピリチュアルでした。
潜在意識や引き寄せ、ツインレイ。
目には見えない世界の考え方に触れながら、
「どうしてこんなことが起きるんだろう」
「この出来事には、どんな意味があるんだろう」
そんなふうに、自分の人生について考えるようになりました。
だから私は今でも、スピリチュアルが嫌いではありません。
むしろ好きです。
ただ、自己内観を続けるようになった今、ひとつだけ大切にしていることがあります。
それは、
スピリチュアルを、現実から逃げるために使わないこと。
スピリチュアルは「答え」ではなく、自分自身を知るための「入口」として使うこともできる。
私はそう考えています。
自己内観とは、自分の内側を見つめること
自己内観とは、自分の感情や思考、価値観、思い込みなどを見つめながら、
「私は本当はどう感じているんだろう?」
と、自分自身を知っていくことです。
たとえば、誰かに言われた一言が妙に引っかかったとします。
普通なら、
「なんであんな言い方をするんだろう」
「相手がおかしい」
と、外側に意識が向きやすいですよね。
自己内観では、そこから少しだけ視点を自分に戻します。
「私は、なぜこの言葉がこんなに嫌だったんだろう?」
「何を否定されたように感じたんだろう?」
「本当は、どうしてほしかったんだろう?」
こうして自分の反応を見ていくと、その出来事とは直接関係がないと思っていた過去の経験や、自分でも気づいていなかった本音にたどり着くことがあります。
出来事そのものを変えるのではなく、
出来事に反応している自分を知る。
これが、私が考える自己内観です。
私が自己内観にたどり着いたきっかけはスピリチュアルだった
私は最初から「自己内観をしよう」と思って、自分と向き合い始めたわけではありません。
入口にあったのは、スピリチュアルでした。
ツインレイや潜在意識、引き寄せなどを知って、
「人生で起きる出来事には意味があるのかもしれない」
と考えるようになったことが、自分自身を見るきっかけになりました。
スピリチュアルに興味がなかったら、ここまで深く自分自身について考えることもなかったかもしれません。
だから私は、
「スピリチュアルなんて意味がない」
とは思いません。
スピリチュアルな考え方に救われることもあるし、それをきっかけに自分自身について考え始める人もいるからです。
ただ、そこにはひとつ落とし穴もありました。
スピリチュアルが「外側に答えを求めるもの」になることがある
苦しいことが起きたとき。
恋愛がうまくいかないとき。
人生が思い通りに進まないとき。
私たちは答えが欲しくなります。
「これは好転反応なのかな」
「宇宙からのサインなのかな」
「この人は運命の相手なのかな」
「もっと引き寄せを頑張れば、願いが叶うのかな」
こうした考え方そのものが悪いわけではありません。
問題は、それによって自分自身を見ることをやめてしまうことです。
たとえば、恋愛で苦しんでいるときに、
「この人は運命の相手だから、いつか必ず結ばれる」
という答えだけを握りしめてしまったら、
「私はこの関係の中で、本当に幸せなの?」
という大切な問いを見失ってしまうことがあります。
未来の答えを探すことに夢中になって、
今の自分の気持ちを置き去りにしてしまう。
それでは、どれだけスピリチュアルな知識が増えても、自分自身の人生を生きることから遠ざかってしまうことがあります。
「この出来事の意味は?」から「私はなぜ反応した?」へ
私が自己内観をするようになって、大きく変わったことがあります。
それは、出来事が起きたときの問いです。
以前なら、
「この出来事には、どんな意味があるんだろう?」
と考えていたところを、
今は、
「私は、なぜこの出来事にこんなに反応したんだろう?」
と考えるようになりました。
この違いは、とても大きいと思っています。
前者は、答えが自分の外側にあります。
でも後者は、自分の内側にあります。
たとえば誰かの言葉に傷ついたとき。
「この人とは波動が合わない」
で終わらせることもできます。
でも、
「どうして私は、あの言葉をこんなに引きずっているんだろう?」
と自分に聞いてみる。
すると、
「認めてもらえなかったように感じた」
「否定された気がした」
「昔から、自分の考えを否定されるのが怖かった」
そんな、自分でも気づいていなかった部分が見えてくることがあります。
そこまで見えたとき、問題は単なる「嫌な出来事」ではなくなります。
自分を知るためのきっかけになるのです。
私はここに、スピリチュアルと自己内観を組み合わせる意味があると思っています。
引き寄せや潜在意識も「自分を見るため」に使える
引き寄せや潜在意識について知ると、
「思考を変えなきゃ」
「ポジティブにならなきゃ」
「いい気分でいなきゃ」
と思ってしまうことがあります。
でも私は、無理に自分をポジティブにすることより、
なぜ今、私はネガティブになっているのかを見ること
の方が大切だと思っています。
不安なら、不安を消そうとする前に、
「私は何が怖いんだろう?」
と聞いてみる。
嫉妬しているなら、
「嫉妬しちゃダメ」
と否定するのではなく、
「私は本当は何が欲しいんだろう?」
と考えてみる。
怒っているなら、
「こんなことで怒る私はダメ」
ではなく、
「私は何を我慢していたんだろう?」
と見てみる。
ネガティブな感情も、自分の本音を知るためのヒントになります。
だから、自己内観では「いい感情」だけを残そうとはしません。
どんな感情も、
自分自身から届いたメッセージとして見てみる。
そうすると、潜在意識や引き寄せという言葉も、ただ願いを叶えるための方法ではなく、自分を知るための考え方として使えるようになります。
自分自身を知るためのヒントに。
自己内観は、現実に戻ってくるためにする
私がスピリチュアルと自己内観を組み合わせるうえで、一番大切にしたいのがここです。
自己内観の目的は、
ずっと自分の内側を掘り続けることではありません。
気づいたあとに、
現実の自分がどう生きるのか。
そこまで戻ってくることが大切です。
「私は本当は嫌だった」
と気づいたなら、これからどうするのか。
「認めてもらいたくて無理をしていた」
と気づいたなら、今後も同じ生き方を続けるのか。
「本当はこういう人生を送りたい」
と気づいたなら、そのために今日できることは何なのか。
内観して終わりではなく、
気づきによって、現実の選択が少しずつ変わっていく。
私はそこに自己内観の意味があると思っています。
スピリチュアルを現実逃避にしないために
スピリチュアルが現実逃避になるかどうかは、スピリチュアルそのものではなく「どう使うか」によって変わるのかもしれません。
未来を知るためだけに使う。
苦しい現実を見なくて済む理由として使う。
誰かが自分を幸せにしてくれると信じ続けるために使う。
そうなると、自分の人生なのに、答えがどんどん自分の外側へ行ってしまいます。
でも、
「どうして私はこの言葉に惹かれたんだろう?」
「どうして私は、この未来をこんなに望んでいるんだろう?」
「その願いの奥で、私は本当は何を求めているんだろう?」
と自分を見るために使えば、同じスピリチュアルでも意味は変わります。
外側にあった答えを、
少しずつ自分の内側へ戻していく。
それが、私の考える「スピリチュアル×自己内観」です。
スピリチュアルは「答え」ではなく「入口」でもいい
私は今でも、スピリチュアルが好きです。
ツインレイも、潜在意識も、引き寄せも。
すべてを否定する必要はないと思っています。
だって、それらがあったからこそ、
「自分とは何なんだろう」
「私は本当はどう生きたいんだろう」
と考えるきっかけをもらえたから。
ただ、以前とは使い方が少し変わりました。
答えをもらうためではなく、
自分に問いかけるために使う。
「この出来事にはどんな意味がありますか?」
だけではなく、
「この出来事を通して、私は自分の何に気づいたんだろう?」
と考えてみる。
そうするとスピリチュアルは、現実から離れていくためのものではなく、
もっと自分らしく現実を生きるための入口
にもなるのではないでしょうか。
まとめ|答えを探す場所を、自分の内側へ
自己内観とスピリチュアルは、同じものではありません。
けれど私は、とても相性のいいものだと思っています。
スピリチュアルをきっかけに、
「なぜ?」
と思う。
そこから自己内観によって、
「私はどう感じている?」
「私は何を怖がっている?」
「私は本当はどうしたい?」
と、自分自身に問いかける。
そして気づいたことを、現実の選択につなげていく。
スピリチュアルに答えをもらわなくてもいい。
誰かに自分の人生の正解を決めてもらわなくてもいい。
外側に答えを探し続けていた視線を、少しだけ自分の内側へ向けてみる。
そこに、
「自分を知り、自分に合った生き方を選ぶ」
ための最初のKIZUKIがあるのかもしれません。


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