めんどくさかった自己内観に、私がどんどんハマっていった理由

自己内観にどんどんハマっていった理由 エッセイ

昔の私は、何か嫌なことがあるたびに、同じようなことで何度もモヤモヤしていた。

「なんであの人は、あんなことを言うんだろう」

「こんな環境だからうまくいかないんだ」

そうやって周りのせいにすることもあれば、

「また私が悪いのかな」

と、自分を責めることもあった。

相手が悪い。
環境が悪い。
いや、やっぱり私が悪いのかもしれない。

その間を行ったり来たりして、時間が経てば少しずつ気持ちは落ち着いていく。

でも、根本的には何も変わっていなかった。

だから相手や出来事が変わっても、また同じようなことで傷ついて、腹を立てて、落ち込む。

そんなことを何度も繰り返していた。

本当は、自己内観なんてめんどくさかった

あることをきっかけに私は、

「今起きている出来事に強く反応してしまうのは、過去の経験や、子どもの頃に傷ついた気持ちが関係していることもある」

という考え方を知った。

そこで初めて、自己内観というものをするようになった。

……とはいっても、最初から興味津々だったわけじゃない。

むしろ、

「めんどくさいな」

と思っていた。

嫌なことがあったときに、わざわざ自分の心と向き合って、昔のことまで掘り返す。

できることなら、そんな面倒なことはしたくなかった。

それでも当時の私は「やった方がいいんだろうな」と思って、仕方なくノートを開いていた。

まさかその自己内観に、あとからこんなにハマるなんて思ってもいなかった。

ノートに怒りを殴り書きした日

今でもよく覚えている出来事がある。

パートナーから否定的な言葉を言われることが続いて、私はものすごく腹を立てていた。

「なんでそんなことばっかり言うん?」

「なんでいつも否定するん?」

そんな気持ちを、ノートにひたすら殴り書きしていた。

きれいな言葉なんて使っていない。

自分を客観的に見ようともしていない。

ただ、腹が立つ。

悲しい。

嫌だ。

そんな感情をそのまま書いていた。

すると、ふと頭の中に、ある光景が浮かんだ。

父親から否定されて傷ついている、子どもの頃の私だった。

その姿が浮かんだ瞬間、

「あ……」

と思った。

今感じているこの痛みと、あの頃の痛みがつながった。

そして、

「そうだ。あの頃から私は、否定されて傷ついてきたんだった……」

そう気づいた瞬間、一気に涙が出てきた。

大人になった今の私ではなく、子どもの頃の私に戻ったような感覚だった。

あの頃に感じていた悲しさが、そのまま戻ってきたようだった。

私はしばらく泣いた。

過去は変えられない。それでも、あの頃の自分には会いにいける

もちろん、泣いたからといって過去が変わるわけではない。

昔言われた言葉がなくなるわけでもない。

その後もパートナーの言葉に傷つくことはあった。

でも、そのたびに私はノートを開いた。

悲しかったことを書く。

腹が立ったことを書く。

「なんで私は、こんなに傷ついたんだろう」

と、自分の心を掘っていく。

するとまた、子どもの頃の感情を思い出すことがあった。

そしてまた泣く。

泣いたあとは、不思議なくらい心が軽くなった。

私にとっては「スッキリした」というより、

「心が救われた」

という感覚の方が近かった。

今思えば、あの頃ひとりで傷ついていた小さな自分の気持ちを、大人になった私がやっと見つけてあげられたのかもしれない。

「悲しかったよね」

「嫌だったよね」

「本当は、そんなこと言われたくなかったよね」

過去の出来事そのものは変えられなくても、あの頃ひとりで抱えていた感情を、今の私が受け止めることはできる。

そうやって私は、何度も過去の自分に会いにいった。

「また、ここが痛んだんだ」と思えるようになった

同じことを何度も繰り返しているうちに、少しずつ変化が起きた。

パートナーの言葉に傷ついたときも、

「なんでそんなこと言うん!」

と相手だけを責めるのではなく、

「あ、また私の中のここが痛んだんだ」

と思えるようになった。

もちろん、過去に傷があるからといって、今言われた言葉まで何でも我慢すればいいとは思っていない。

傷つく言葉は、傷つく。

嫌なものは嫌だ。

ただ、今起きている出来事だけではなく、

「私はどうして、この言葉にここまで反応したんだろう?」

と、自分の心を見るという選択肢が増えた。

そうすると、感情に飲み込まれている自分と、それを少し離れたところから見ている自分がいることに気づく。

「また傷が残ってるな」

そうやって、自分の心の動きを客観的に見られるようになった。

以前より、相手を責め続けることも減った。

そして何より、自分自身を責め続けることも減った。

自己内観をするようになって、生きることが楽になった

人は、生きているだけでいろんな感情が動く。

恋愛。

お金。

仕事。

人間関係。

家族。

日常の中には、心を揺らす出来事がいくらでもある。

だから私は今、不満が出たり、必要以上に傷ついたり、感情が大きく揺れたりしたとき、

「なんで私は、こんなに反応しているんだろう?」

と考えるようにしている。

すると、そのとき起きた出来事とは別のところに答えが見つかることがある。

ずっと認めてもらいたかった。

大切にしてほしかった。

置いていかれるのが怖かった。

本当は悲しかった。

自分でも気づいていなかった気持ちにたどり着いて、

「ああ、だから私はこんなに苦しかったんだ」

と分かる。

根本が見えた瞬間、自分の中で腑に落ちる。

そして心が、すっと静かになる。

逆に根本に気づかないままだと、相手や環境を変えても、また似たような出来事で同じ感情が出てくることがある。

私自身、それを何度も繰り返してきた。

だから今は、感情が揺れることを以前ほど怖いと思わなくなった。

むしろ、

「今度は何に気づくんだろう」

と思うことすらある。

たぶん私は、この感覚が好きで自己内観にハマったんだと思う。

自分の中にずっと残っていたものを見つけて、

「ああ、ここが痛かったんだね」

と気づいてあげる。

泣くこともある。

苦しかった頃を思い出すこともある。

それでも最後には、ひとつ荷物を下ろしたように心が軽くなる。

それを何度も繰り返していたら、以前よりずっと穏やかな毎日を過ごせるようになった。

自己内観を始めた頃の私は、こんなことをするのが本当にめんどくさかった。

でも今なら分かる。

私は、自分を変えるために自己内観をしていたんじゃない。

ずっと置き去りにしてきた自分の気持ちを、ひとつずつ見つけてあげていたんだと思う。

そして、それが少しずつ、

生きることを楽にしてくれた。

Lunaのことば

感情が大きく揺れた日は、

「またこんなことで傷ついてしまった」

と、自分を責めたくなることがあります。

でも、その感情はもしかしたら、

「まだここが痛いよ」

と、自分の心が教えてくれているのかもしれません。

無理に前向きにならなくてもいい。

すぐに答えが見つからなくてもいい。

ただ、

「私は今、何を感じているんだろう」

と、自分の心に聞いてみる。

その小さな問いかけが、ずっとひとりで泣いていた過去の自分を見つけるきっかけになることもあります。

過去は変えられない。

それでも、あの頃の自分のところへ、今の自分なら会いにいける。

そして、

「もうひとりじゃないよ」

と抱きしめてあげることはできるのだと思います。

もし今、

「相手や出来事は違うのに、いつも同じようなことで傷ついてしまう」

「自分の本当の気持ちが、よく分からない」

そんなモヤモヤを抱えているなら、一度その感情をノートに書き出してみてください。

KIZUKIでは、自分の感情を書き出しながら、少しずつその奥にある気持ちを見つけていくためのセルフワークを作りました。

「自分と向き合いたい。でも、何を書けばいいのか分からない」

そんなときの、最初の一歩として使ってもらえたら嬉しいです。

♡ KIZUKI SELF WORK
for your heart
どうして私は、
こんなに傷つくんだろう?
── 感情の奥にいる「私」に会いにいく ──
「なんで、こんなに悲しいんだろう」
「どうして、この一言が忘れられないんだろう」

そんなときは、
感情を消そうとするのではなく、
その奥にいる自分の声を聞いてみる。
7つのSTEP 全10ページ 書き込み式PDF
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KIZUKI SELF WORK
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