私はパートで、お弁当の配達をしている。
毎日、会社の車に乗って、決められたルートを回る。
少し前まで、私にはいつも乗っている車があった。
決して新車ではなかったけれど、毎日乗っていたから愛着もあったし、「これは私の車」という感覚もあった。
ところがある日、その車を会長が使うことになった。
代わりに私に回ってきたのは、会社で一番古い車だった。
エアコンの調子も悪い。
ハンドルも重い。
正直、不満だった。
それでも私は、
「まぁ、会長の車が戻ってくるまでの辛抱だ」
そう自分に言い聞かせていた。
ところが、ちょうどその頃。
以前会社を辞めたKさんが、出戻りで復帰することになった。
そして気づけば、会長が使っていた“元々私が乗っていた車”をKさんが使うようになっていた。
何の説明もなかった。
その日、私はずっとモヤモヤしていた。
「私に返してくれるんじゃなかったの?」
「なんで何も言わずに、Kさんに渡しちゃったの?」
たかが会社の車。
そう言われれば、それまでなのかもしれない。
でも私にとっては、車そのものよりも、
「私は大切にされていないのかな」
そんな気持ちになることのほうが苦しかった。
それから数日後。
Kさんは、以前この会社にいた頃に乗っていた新しい車に乗るようになった。
その車は、Kさんが辞めたあと、Sさんという年配の従業員が使っていた。
Kさんが戻ってきたことで、Sさんも以前使っていた古い車に戻ることになった。
その光景を見たとき、私は思った。
「やっぱりKさんは、会長に可愛がられているんだな」
そして、
「Sさんまで車を戻されたんだから、私がボロい車なのも仕方ないか」
そうやって、自分を納得させた。
というより、諦めた。
「私はこれでいい」
そう思うことにした。
ところが昨日の夜。
会社の上司から突然LINEが届いた。
「明日からKさんと車を交換してください。Lunaさんのほうが距離を走るので、燃費のいい車にするそうです」
私はその文章を何度か読み返した。
あれだけ不満だったのだから、普通なら喜べばいい。
「やった、新しい車に乗れる」
それだけでいいはずだった。
なのに、最初に出てきた感情は喜びではなかった。
不安だった。
「私なんかが、その車に乗っていいの?」
「Kさんだって、本当は新しい車がいいはずなのに」
「Sさんだって、一度はその車に乗っていたのに」
「私だけいい車に乗ったら、みんなにどう思われるんだろう」
そんなことばかり考え始めた。
そして最後には、
「もう私は、ボロい車で十分なのに」
とまで思った。
自分でも不思議だった。
だって私は、ずっと不満だったのだ。
もっとちゃんとした車に乗りたい。
どうして私だけこんな車なんだろう。
そう思っていたはずなのに。
いざ自分に“いいもの”が回ってきた途端、私はそれを受け取るのが怖くなった。
そのとき気づいた。
私は「欲しいものを我慢すること」には慣れている。
だけど、
「これはあなたが受け取っていいものですよ」
と差し出されたものを、そのまま受け取ることには慣れていない。
誰かよりいい思いをしたら、申し訳ない。
誰かから「なんでLunaさんが?」と思われるかもしれない。
優遇されていると思われるかもしれない。
図々しい人だと思われるかもしれない。
だったら最初から、
「私はこれくらいでいい」
と思っていたほうが安全なのだ。
期待しなければ、傷つかない。
欲しがらなければ、誰かに嫌われることもない。
自分から一段下がっていれば、誰かの場所を奪うこともない。
だから私は、自分にとって少し不満な場所を、いつの間にか「自分にちょうどいい場所」にしていたのかもしれない。
でも今回、新しい車が私に回ってきたのには、ちゃんと理由があった。
私は配達する距離が長い。
だから、燃費のいい車を使ったほうが会社にとってもいい。
誰かから奪ったわけでもなければ、私が「新車にしてください」とお願いしたわけでもない。
会社が仕事を見て判断しただけだ。
それなのに私は、
「私なんかが」
と思った。
たぶん、私自身の中にある自分への評価と、周りから見た今の私の評価に、少しズレがあったのだと思う。
私はずっと、
「会社で一番ボロい車に乗っている自分」
を、自分にふさわしい場所だと思い始めていた。
だけど知らないうちに、任される仕事は増えていた。
走る距離も増えていた。
私自身は同じ場所にいるつもりでも、仕事の中での私の役割は少しずつ変わっていた。
だったら。
「私がこれを受け取ってもいいのかな」
ではなく、
「今の私には、これが必要なんだ」
くらいに思ってもいいのかもしれない。
そして、もうひとつ。
何かを受け取ったからといって、その分まで自分を差し出さなくてもいい。
評価されたから、もっと頑張らなければいけないわけじゃない。
いいものを与えてもらったから、会社を辞めてはいけないわけでもない。
受け取ることと、自分の人生の選択は別の話だ。
私はこれまで、
「私にはこれくらいでいい」
という言葉で、自分を守ってきたのかもしれない。
でもその言葉は、ときどき自分の価値まで小さくしてしまう。
本当はもう、少し先まで進んでいるのに。
昔の自己評価のまま、自分だけがそこに取り残されていることもある。
だからこれからは、
誰かが私に何かを差し出してくれたとき。
すぐに「申し訳ない」と返すのではなく、
一度、そのまま受け取ってみたい。
「ありがとう」
それだけでいいのかもしれない。
Lunaのことば

「私にはこれくらいでいい」
そう思うことで、自分を守ってきた人ほど、
“いいもの”を受け取るときに怖くなることがある。
誰かに悪く思われないかな。
私なんかが受け取っていいのかな。
その不安は、あなたが欲張りだから生まれるものではない。
むしろずっと、自分より周りを優先してきたからなのかもしれない。
でも、受け取ることは誰かから奪うことではない。
そして、評価を受け取ることと、
その期待に応えるために限界まで頑張ることも別の話。
もしかするとあなたは、
自分が思っているより、もう少し先まで進んでいるのかもしれない。
だからたまには、
「私がもらってもいいの?」
ではなく、
「ありがとう」
で終わらせてみてもいい。


コメント