お金がない。
そんな現実と向き合うようになって、もうどのくらい経つだろう。
以前の私は、お金に困ったら働けばいいと思っていた。
欲しいものがあれば買えばいいし、行きたい場所があれば行けばいい。
お金がなくなったら、また稼げばいい。
実際、そうやって生きてこられた。
Webライターとして月200万円を稼いだこともある。
だから、自分には稼ぐ力があると思っていたし、これからも必要になれば、いくらでも稼げると信じていた。
でも、今は違う。
仕事を探しても、思うように見つからない。
以前なら簡単に繋がっていた仕事にも、なかなか繋がらなくなった。
もっと頑張ればいい。
もっと働けばいい。
そう思っていた時期もあったけれど、今はもう、そこまで自分を追い込めない。
そして何より、追い込みたくない。
そんな自分を認めるようになってから、私は少しずつ、お金との向き合い方を考えるようになった。
たくさん稼げば、豊かになれると思っていた
昔の私は、欲しいものを手に入れることにあまり迷いがなかった。
自分のためにお金を使うことも、好きなことを楽しむことも、ごく自然なことだった。
ただ、そこにはいつも「また稼げばいい」という考えがあった。
お金が入ってくることには意識を向けていたけれど、入ってきたお金をどう残すのか、どう守っていくのか。
そんなことは、あまり考えていなかった気がする。
今思えば、私はお金を稼ぐことと、豊かに暮らすことを同じものだと思っていたのかもしれない。
収入が増えれば、生活は豊かになる。
もっと稼げば、もっと幸せになれる。
そう信じていた。
けれど、どれだけ稼いでも、お金に苦労することはあった。
そして今、以前ほど稼げなくなった自分と向き合う中で、ようやく気づき始めたことがある。
お金を稼ぐ力と、お金を守る力は、まったく別のものなのだと。
いつの間にか、自分のためにお金を使えなくなっていた
先日、友人と話していたときのこと。
友人は、子どものために少し高額な視力矯正を考えていると話していた。
そして、自分もやってみようかな、と。
その言葉を聞いたとき、私は少し驚いた。
子どものためならわかる。
でも、自分のためにもそこまでお金をかけるんだ。
そんなふうに感じた。
けれど、その違和感が妙に心に残った。
友人は、子どものことをとても大切にしている。
でも、それと同じくらい、自分のことも大切にしている。
自分がしたいことを素直に口にして、頼れる人には頼り、周囲からの好意も自然に受け取る。
その姿を思い浮かべたとき、ふと気づいた。
私はいつから、自分のためにお金を使うことを、贅沢だと思うようになったんだろう。
昔は、そんなことを考えもしなかったのに。
美容院に行くことも、自分の欲しいものを買うことも、今ではどこか後ろめたい。
誰かに「もったいない」と言われる気がする。
自分のためにお金を使ったことを、責められるような気がする。
思い返せば、実際にそんな言葉をかけられてきたこともあった。
だから、いつの間にか、自分の欲求にブレーキをかけるようになっていたのかもしれない。
不思議なことに、食べ物には比較的お金を使える。
食べてしまえば、形に残らないから。
誰かに何かを言われることもない。
そんな自分の考えに気づいたとき、少し驚いた。
私は、自分のためにお金を使うことそのものよりも、それを誰かに否定されることが嫌だったのかもしれない。
ただ、今の私がお金を使うことに慎重なのは、それだけが理由ではない。
実際に、生活に余裕がない。
だから、自分のために使うことをためらう。
それは決して、自分を大切にできていないということではないのだと思う。
お金に苦労する中で、変わっていったもの
ここ1〜2年、これまでにないほどお金に苦労している。
毎月の支払いをどうするのか。
生活費をどう残すのか。
そんなことを考えながら過ごす日々。
正直、苦しい。
どうしてこんなにお金に困るんだろう。
どうして頑張っているのに、なかなか楽にならないんだろう。
何度もそう思った。
でも、最近になって、少しずつ変化を感じるようになった。
数ヶ月前までは、支払いすら足りないことがあった。
お金を借りなければ、どうにもならない。
そんな状況も経験した。
けれど今は、まだ生活費に余裕がなくても、支払いを済ませられることが増えてきた。
新しくお金を借りずに、なんとか乗り切れるようにもなってきた。
大きな余裕が生まれたわけではない。
それでも、確かに何かが変わっている。
以前の私は、足りなければ稼ぐことばかり考えていた。
でも今は、今あるお金をどう使うのかを考えている。
何にお金を使いたいのか。
何には使わなくてもいいのか。
本当に大切にしたいものは何なのか。
そんなことを、以前よりずっと考えるようになった。
そして気づけば、お金を使う目的も変わっていた。
昔は、自分の欲しいものを手に入れることが多かった。
でも今は、家族みんなが楽しめることにお金を使いたい。
一緒に出かけたり、おいしいものを食べたり。
みんなが笑っている時間に、お金を使いたいと思う。
自分の幸せだけではなく、家族の幸せも同じように大切にしたい。
そう思えるようになったことが、私にとっては大きな変化だった。
豊かさを守るということ
最近、ふと思う。
もしかしたら私は今、お金との付き合い方を学んでいる途中なのかもしれない。
これまでの私は、稼ぐことが得意だった。
けれど、稼いだお金を守ることは、あまり得意ではなかった。
お金がなくなれば、また稼ぐ。
その繰り返し。
でも、ずっと同じように稼ぎ続けられるとは限らない。
実際に今、私はその現実と向き合っている。
だからこそ、今あるお金を大切にすることを覚え始めた。
何でも我慢するわけではない。
ただ、何となくお金を使うのではなく、自分にとって本当に大切なものを選ぶ。
使うところには使う。
使わなくてもいいところには使わない。
それだけのことなのに、以前の私にはできていなかった。
そして、もう一つ。
お金を大切にすることと、自分の幸せを我慢することは違う。
家族のために使うお金も、自分のために使うお金も、どちらも大切。
今は余裕がないから使わない。
でも、余裕ができたら、自分のためにも使いたい。
そんなふうに、自分で選べることが大切なのだと思う。
豊かさを守るとは、ただお金を減らさないことではない。
自分にとって大切な幸せを、無理なく守り続けていくこと。
今の私は、そんな暮らしの土台を作っているのかもしれない。
扉の向こうに見える、これからの暮らし
最近、私の頭の中には、ある景色が浮かんでいる。
少し暗い場所に立つ私の目の前に、大きな扉がある。
その扉は、もう開いている。
向こう側には、キラキラと光る世界。
青い海が広がり、色とりどりの花が咲いている。
そして、その景色の中には、笑顔で過ごす家族がいる。
もちろん、私もその中にいる。
今の私は、まだ扉の手前に立っている。
けれど、焦ってはいない。
「ああ、あと少しで、あんな生活になるんだ」
そんな気持ちで、穏やかにその景色を眺めている。
以前なら、早くそこに行きたくて、無理にでも走り出していたかもしれない。
もっと働いて、もっと稼いで、何とかして現実を変えようとしていたと思う。
でも今は、そうじゃない。
今の自分にできることを、一つずつ積み重ねていけばいい。
そう思えるようになった。
もちろん、これから先のことは誰にもわからない。
それでも、以前よりずっと穏やかな気持ちで未来を思い描けている。
そして、私がその扉の向こうに見ているものは、高価なものでも、たくさんのお金でもない。
家族が笑っていること。
自分も心から笑っていること。
お金の心配に追われず、安心して毎日を過ごせること。
それが、今の私が思い描く豊かさだった。
本当の豊かさとは、何だろう
たくさん稼げることが、豊かさだと思っていた。
でも、今は少し違う。
もちろん、お金は大切。
生活に必要なお金がなければ、安心して暮らすことは難しい。
だから、収入を増やすことも大切だと思う。
けれど、どれだけ稼いでも、使い方を知らなければ、お金は残らない。
そして、どれだけお金を持っていても、自分にとって大切なものがわからなければ、満たされないこともある。
今の私は、まだお金に余裕があるわけではない。
不安がなくなったわけでもない。
それでも、昔よりも少しだけ、豊かさの意味がわかるようになった気がする。
本当の豊かさとは、たくさん稼ぐことだけではなく、今あるものを大切にできること。
何にお金を使い、何に使わないのか。
自分の幸せも、家族の幸せも、どちらも大切にしながら選んでいくこと。
そして、手に入れた豊かさを、守り続けていけること。
私は今、そのための土台を作っている。
お金に苦労している今の現実を、無理に良いものだと思う必要はない。
ただ、この経験を通して変わってきた自分の価値観は、大切にしたい。
いつか、もっと収入に余裕ができたとき。
以前のように「また稼げばいい」と使うのではなく、本当に大切なもののために、お金を使える自分でいたい。
そして、自分の幸せにも、ちゃんと許可を出せる自分でいたい。
まだ、扉の手前にいる。
でも、もう扉は開いている。
今は焦らず、今ある暮らしを整えながら。
その先に思い描く、穏やかで豊かな毎日へ。
一歩ずつ、進んでいこうと思う。


コメント